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2011年3月 6日 (日)

河村市長は現代の徳川宗春となるのか?

はい、たまに書きたくなる、久々の面白くない政治話です(笑)

名古屋の河村たかし市長率いる「減税日本」が勢いを増してますね。出直し市長選で再選、そして今度の名古屋市議選では市長派を過半数にするための体制で挑んでいたりと、とにかく経費節減による市民税恒久減税を目指していますが、それに対して民主党や自民党は苛立ちを隠せません。そりゃ「減税」という魅力的なものを掲げる勢力だけに、自分たちの地位が脅かされないわけですから。ちなみに、私の地元に近い静岡市長選でも、減税日本推薦の候補が名乗り挙げて混戦の模様をみせています。
確かに今の政治家や公務員は国会や内部会議で長々と話し合いだけで決着をさせようとせず、それでいて高給取りだらけで、今の議員と官僚が無駄と言われても仕方ありません。河村市長の「政治家はボランティアであるべき」というのもうなずけます。ただ、今の状態で果たして減税がうまくいくのかと言うのも気になります。ただ政治家・官僚を減らして、シンプルにしたところで、今後の年金や社会保障などで果たして財政が持つのか。しかもまだ借金が大量に残っているわけで、それを削り落とすことはできるのか。半分は評論家の言うとおりですけどね(ただマスコミ含めて大げさすぎる表現が気に入りませんが)

何だかこの構図は、江戸時代の八代将軍徳川吉宗と尾張藩主徳川宗春の対立に似てるんですよね。この2人の対立と言えば、質素倹約を掲げる吉宗に対し、宗春はど派手な衣装で遊興にふけて対抗したのが有名ですが、ここで注目してほしいのは経済の方。吉宗は、多額に膨れ上がった幕府の借金を、倹約をするなどして経費節減する一方で、農業重視で年貢を一定の量を納める方式にして大幅増税を行った結果、財政再建を見事達成しました。今の感覚から見れば、この享保の改革は見事な再建策でしたが、当時の国民にとっては、「着物は木綿だけ着ろ、婚礼であっても絹のような高価なものは着るな、お祭りは静かに質素にやれ、芝居は低俗だから一切禁止」ととにかく金は全てお上にというやり方で、とても面白くない将軍です。農民一揆、打ちこわしも頻発し、商人は貸し渋りをはじめ、景気は一気に低迷しました。
(ちなみにその後田沼意次が老中に着くと、商業活性化などの景気対策で一気に景気回復したのに、松平定信が「賄賂の王」のレッテルを張って追い出し、景気を再び落とし込む寛政の改革を実施)
それに対して宗春が行ったのは、倹約増税策を名古屋では緩めて、遊郭や芝居小屋の誘致、町並みの提灯の豪華さを賞金つきで競い合わせるなど、積極的な景気刺激策を取る事。税金も他の藩に比べれば低くなり、町民や遊女、俳優も続々転入。8年で名古屋城下の人口は2万人増加したと言われています。「天下、町人に似たり、尾州(尾張)、公方に似たり、(省略)紀州(吉宗)、乞食に似たり」という揶揄する落書きまで登場するほど。しかし、人口増加によって財政は一気に破綻においこまれ、結局は上納金上乗せ(つまり増税)に踏み切り、商人は借金を抱えて一気に不満が高まりました。
(実はこれが現在に通じていて、ミツカン、トヨタなどの愛知県の企業がケチケチ給料で無借金経営にこだわるのは、この時の教訓とも言われています)
まあともあれ、宗春は吉宗の命で隠居謹慎を命じられ、宗春の死後も、しばらくの間、宗春の墓には罪人のように金網が張られたと言われています。

ここまで極端ではないですが、今の河村市長もこんな感じがすると思うのです。まあ議員報酬半減などの財政削減もしていますが、その目的はあくまで市民税減税の財源。ただその財源だけではたして膨れ上がる市民サービスをまかないきれるかどうか。ただでさえ景気は世界情勢に振り回されているわけで、日本の対策だけではまかないきれません。1週間後の市議選で市長派が過半数を占めたら、どんな市の運営になるのか。やはり宗春の二の舞になりそうな気がするんですけどねえ。

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