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2011年7月30日 (土)

徳なきものは去れ

新潟・福島の集中豪雨。ただでさえ震災の影響が残っているというのに、たたみかけるような大雨。周辺の皆さまにはほんとにお見舞い申し上げます。
しかしこうも災害続きだと、ほんとに「政治不信が原因じゃないか?」とか思えてしまいます。震災の問題を話し合っても、「結局国民負担での批判をなんとか食い止めようとする民主党」と「政権奪還以外の物は見えていない自民党」、そして「やたらと国民を惑わせる評論ばかりするマスメディア」の影響もあって、全然進展していないんですから。ちゃんと分かりやすい説明したうえで国民負担を求めれば、すんなり受け入れられると思うんですがね。「少しは負担になるのもやむをえない」と考えている人も結構多いわけですから。要は「銭くれ」と言っているだけだから反対してるわけだし。

まあ政治不満はともかく、なぜ政治不信が災害と関係があるのか。というのは昔から「徳のない政治となると災いが起こる」と言われているのです。要は良い人格を持って正しい道を行く事を失った時に、天災が起こるというもの。中国では良く言われている事で、洪水や飢饉、地震など多くの災害が連続して起こると、「今の皇帝が我がままの政治をして徳を失ったからだ」と反乱がおきて、皇帝一族が皆殺しにされるという事もありました。
日本でも、例えば平清盛が自分の孫を天皇に押し上げ(安徳天皇)、政治を牛耳り始めると、西日本で冷害が起こって不満が起こり、これが結局平家滅亡の一端になったとも言われています(安「徳」天皇と後に付けたのも、「実は徳があった」と思わせるためかも)。
また、2月にも書いた応仁の乱の元凶将軍・足利義政の時代にも飢饉や洪水が起こったりして、餓死する人が京都に溢れたと言われ、犬公方・徳川綱吉の時代も、やたらと小判改鋳を行って経済を混乱していた時、イナゴが大量発生して飢饉が起こり、富士山が噴火して大災害になりました。(この時に噴火して出来たのが、当時の年号から付けた宝永山)
天明の大飢饉の時は田沼意次の重商政策が失敗して米の価格が跳ね上がった時で、天保の大飢饉の時代は、幕府の腐敗が進んでいた上に、異国船打払令など鎖国政策を強硬化していた時代です。
そして1995年の阪神・淡路大震災の時はどうなってたか?前年の1994年は政治混乱の時代で、細川総理が辞任後、羽田内閣発足もすぐに崩壊、自民・社会党連立で村山内閣になりましたが、行政改革とか政治改革とか言いながら空転ばかりしていた時です。
このように政治が混乱しているときには、必ずと言っていいほど天災が起こっています。

これが偶然と呼べるでしょうか?(^^;)まあ偶然だとしても、今の政治が国民離れして徳を失い、国民も情報に流されている状態なのは確かです。政治家の皆さんももう少しこの事を肝に銘じてほしいものです。

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