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2012年2月14日 (火)

黒歴史物語:大阪城

というわけで、今日は大阪城の話。
前にも書いたけど、大阪城はジョギングをする人や観光に来る人が大勢訪れてにぎやかな場所でした。中国人が多かったのが印象的でしたが。中国人や韓国人って豊臣秀吉が一番嫌いだったはずでは…(朝鮮出兵の影響で。逆に好印象の歴史人物は、その豊臣家を滅ぼした徳川家康だとか)

2012osaka001そんな大阪城ですが、ここも結構「呪われた城」のようで、過去3回落城の憂き目にあっています。
最初は一向宗の石山本願寺。ここに拠点を構えてて、大名をも脅かすほどの大要塞になってましたが、織田信長によって11年もの戦いの末に降伏。その後に次いだ秀吉が大阪城を築く事になりました。
しかしご承知の通り、秀吉の死によって徳川家康が天下を取ると、大阪の陣で豊臣家は滅ぼされてしまい、天守閣他全て炎上しました。これが2度目。
その後徳川の直轄地として堀まで全面改修して新しい大阪城を築きましたが、40年も経たないうちに天守閣は雷で起きた火災で焼失。さらに幕末には鳥羽・伏見の戦いでの幕府側の拠点になったものの、幕府側は惨敗。徳川慶喜は船で逃げ出して薩長が大阪城を抑えましたが、本丸御殿をはじめとする建物は失火で全焼。これが3度目。
ちなみに、現在の天守閣は豊臣時代の城を再現したものですが、堀などは徳川時代のもの(豊臣時代の天守閣は東寄りに作られていた)。つまり豊臣と徳川の2つの時代が融合した施設になってしまっています。姉のダンナは「コンクリートでエレベーターの付いた城など興味ない。ちゃんと木造で、戦時に備えた物が残されたものでなければ意味が無い」と言ってますが、私的には、内部は史料館だから、その歴史が見られれば問題ないです(^^;)

で、その中の史料のひとつ「大阪夏の陣図屏風」がなかなかすごいです(写真撮影不可)。右が戦闘時の様子、左も繋がっているけどこちらは敗北後の混乱を描いていますが、これがかなり生々しい。
とにかく逃げ惑う人々の中には女性が多く(大阪城で働いていた人と思われる)、船に乗り込もうと必死になる男女、身ぐるみをはがされる女性、全裸になっても逃げる女性、着物の奪い合いをする男たち、首をはねられようとしている男、すでに首を落とされている人もいれば、足軽達に取り囲まれてしまっている女性たちまで。さらに町人も足軽の犠牲になっている所まで見受けられます。リアルすぎます。
とある人が「元和のゲルニカ(ピカソの名画の一つ。スペイン内戦の混乱の様子を描いた物)」と表現していましたが、正にそんな感じです。大阪の陣を良く知りたい人は、一度訪れて、細かく見てみる事をお勧めします。私はここで10分間近く見続けてました(^^;)

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