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2013年2月 6日 (水)

「いじめ」の判断基準

石川で起きたいじめられてナイフを刺した中学生の事件。
何かすごく胸が痛みます。私自身も中学生時代はいじめられっこだった上に、からかわれて殴りかかる事もよくありましたから。まあ刃物使って傷つける事はしませんでしたが。

結局いじめって「自分がされたくない事を連続してされる」事であって、「からかい・悪口」だろうが「暴行」だろうが、物理的に痛いか痛くないかの違いだけで、苦痛度は全く一緒です。しかもからかい・悪口は一生心の中に深い傷が残ります。
でも相手から見れば「見えない痛み」なので、「別に傷つけてないじゃん」になってしまい、ねちっこくいじめが続くと言う始末。例え先生に報告しても、見た目でしか判断されず、いじめ相手が「からかっただけ」「遊んでただけ」と言ってしまえばそれまで。結論は「気にしなければいい」「無視していればいい」となってしまいます。
でも気にしなければといっても、
相手は例え無視しようが追いかけてくるような相手だったら、気にせずにはいられません。ましてや同級生の同じ組であれば、教室の中で閉じ込められるようなもの。気にするまでからかう、そしてその反応を楽しむという陰湿なやり方。
その結果、どこにその怒りをぶつけていいか分からず、相手に殴りかかるか、自殺してしまうかとなってしまうわけで。

よく被害者側の両親が「対応してこなかった学校や教師が悪い」と言いますが、正直これは加害者側の問題。どんなに学校側がいじめに対して調査しようが「遊びに学校が介入した」と言ってしまえばそれまでです。大津市の中学生の自殺の時にも加害者3人のうち「実際に暴行に加わった」2人だけが起訴されて残り1人は不起訴になりましたが、実際その1人ももっと陰湿な事をやっていたと思いますよ。そのいじめの判断基準って何だったのだのかなとも思えてしまいます。

今後いじめ対策について国や学校が対策に乗り出しているそうですが、くれぐれも「いじめ」と「遊び」に対して、大人の勝手なボーダーラインを引く事だけはぜひともやめてほしいものです。そんな事しても逃げ道はいくらでもあるわけで、「いじめ撲滅」が絵に描いたモチになってしまいますから。

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